秦檜伝 近年、創作の題材として多く採り上げられるようになった南宋時代を舞台とした冒険活劇である。著者は神戸大教育学部を出た後に執筆活動に入った人物で、抑制の利いた文体とよくリサーチされた文物描写が売り物。田中芳樹による中国史アンソロジーで広く知られるようになった一群の女流作家たちの一人でもある。 本作の舞台は岳飛の刑死後の南宋の帝都・杭州臨安府。水運を商う豪商の一家が宮廷の陰謀に巻き込まれるというお話。主人公側の人物造形には「桃花源奇譚」からの使い回し的なものが散見されるが、おそらく著者が最も力を入れているのは敵役である秦檜の描写であろう。田中芳樹が「岳飛伝」を現代日本語訳したこともあって秦檜という人物は日本でもなかなかの悪役として名が売れつつあるが、著者は岳飛の入れ墨「尽忠報国」をキーポイントとして、時代を飛び越えた近代ナショナリズム的思考を持ってしまった人物として岳飛を設定し、そこから逆算して興味深い秦檜像を構築している。たしかに岳飛の英雄イメージの源泉は民族ナショナリズムなのであるから、著者の突っ込みは鋭い。 願わくばそこから南宋時代に近代的な意味でのナショナリズムが可能であったかどうかを考察するという方向で物語を展開してもらえたら、岳飛と秦檜の対比はより面白いものになったと思うが、この分量でまとめることを考えれば全体と個の対立(合成の誤謬)、というレベルで納めているのもまたやむなしか。まああまり難しいことを考えなくても楽しく読める良質のエンターテインメントである。上海・杭州・蘇州方面へ旅される予定がある方に特におすすめ。
読む楽しみ満載
痛快!中国武侠小説
南宋の都、臨安を舞台に巨魁・秦檜に挑む二貴公子の活躍を活写!
臨安で漕運(そううん)(水運業)を営む夏家の二貴公子・風生(ふうせい)と資生(しせい)。年は若いが思慮にとみ「少爺」と呼ばれる風生と、闊達で真直ぐな資生は、強い信頼で結ばれた従兄弟同士である。
名将・岳飛(がくひ)を陥れた巨魁・秦檜(しんかい)、風生を慕う臨安随一の妓女・王雲裳(おううんしょう)など魅力的な登場人物を配し、壮大にして繊細に描く武侠小説の傑作!