 太佐 順 発売日:2004/03 価格  ダイジェスト版を読んでいるようだった「三国志」の中で地味なキャラクターである陸遜を主人公にしたのは面白かったと思う。 読んでいて陸遜の誠実さと優秀さは伝わった。しかし彼の63年の生涯を一冊でまとめたのには、無理があったのでは。まるで、ダイジェスト版を読んでいるようだった。 特に晩年の、孫権の相続争いについてはもっと細かく書いて良かったのでは。ご存知の通り、呉では孫権の跡目をめぐって皇太子孫和とその弟の孫覇が激しく争った。これを年表によれば、二宮の乱と言うらしいが、陸遜はこの時皇太子孫和を指示し、皇太子との立場の違いをはっきりさせない孫権を非難、結果孫権の怒りを買って度々叱責され、憤死したのである。つまりこの二宮の乱は、陸遜の最期を決定づけたものなのである。もっと細かく書いて欲しかった。 あと、系図を付けて欲しかった。血族結婚が多いので、系図があるとわかりやすい。
三国志時代、蜀の諸葛孔明、魏の司馬仲達と並び称されたのが呉の陸遜だ。本書は呉を支え続けた補佐役の知られざる生涯を描く力作小説。
三国志の時代、蜀の諸葛孔明、魏の司馬仲達と並び称されたのが呉の陸遜だ。
赤壁の戦いで名を挙げた周瑜や関羽と対峙していた呂蒙が健在であったときは、表舞台に登場することはなかった陸遜だが、関羽を油断させ、不意打ちを食らわす段になってからめざましい働きをするようになる。関羽の復讐戦を挑んできた劉備軍に対し、孫権から迎撃軍の指揮官に任じられた陸遜は、持久戦に持ち込む。対峙すること約半年。はやる自軍の武将を抑えて、補給線が伸びきったところを火攻めにした呉軍は大勝利を収め、陸遜はこの戦いで名実ともに大将軍となる。
やがて丞相まで昇りつめ、まさに位人臣を極めた陸遜だったが、最期は不遇だった。呉の後継者争いに巻き込まれ、孫権から流罪を言い渡されたことから悲痛のうちに憤死するのである。本書は、孫権によって見出され、孫権の命によって人生の幕を閉じた陸遜の波乱に満ちた生涯を描いた歴史小説である。
|