不朽不撓不屈の傑作過去と故郷を棄て、新天地で自由に生きようとする孫武。全ては自分の趣味の為に。過去に囚われ、死んだ父兄を想う伍子胥。全ては復讐の為に。こういった『対比』は海音寺作品の典型であり、本作はその真骨頂でもあります。作中で伍子胥が孫武に語る「許由」(古代中国伝説上の偉人。卓越した為政者でありながらそれを世に活かすことを忌んで隠遁。道教ではそれを高く評価して一神に据えた《申公豹と統合して》)観は、それだけで本書を一読も二読も価値あるものにしています。要約させていただくと「天が人に才を与えたのは、その人をして世を救わしめるため。それを、わが身可愛さに隠遁などして、何の徳でしょう」といったことですが、このくだりは是非、ご自身の目で味わって頂きたい。他にも、戦争や人生にまつわる著者の哲学が鏤められた傑作です。
“兵法とは究極には己れに勝つこと”呉楚の確執が続く古代中国。卓越した戦略家的素質と隠者的性格を合わせ持つ孫武と、復讐に憑かれて生涯を賭ける伍子胥の生き様。骨肉相食む戦乱の世の諸王・将軍・刺客等人間群像を、「春秋左氏伝」「呉越春秋」「史記」から掘り起こし、独自の解釈のもと鮮やかに甦らせる。