呪術や礼の何たるかを知るに好適な長編伝奇小説孔子最愛の弟子、顔回を主人公とした伝奇小説全13巻。実際には、顔回が主体となって動く場面は少なく、彼の周囲の人々、周囲に起こる事件、動乱の記述が中心である。顔回を主人公とした理由が誰の目にも明らかになるのは、恐らく12巻あたりからであろう。雑誌連載が12年弱に及んだ長編であり、諸事情から私は3期に分け、足かけ10年をかけて読了した。数冊毎に数年のブランクがあり、内容の細部を失念したまま読み進むこととなったが、私にとっての第3期−最後の3冊(11巻から13巻)は1週間ほどの短期間で、貪るように読んだ。仕事の合間だから、相当の密度である。それほどに吸引力のある面白さであった。著者も断っているとおり、真偽定かでない「小説」であるから、この作品を読んでも中国古代史に通じるわけではない。しかし、呪術や礼など、古代思想を理解する上で欠かせない知識が満載されているのも事実である(部分的には、解説が多すぎてむしろ煩瑣に思える)。異形のものや祭祀・呪術を扱う作品を理解するのに、本作品を読んだ経験は役立つだろう。若くしてデビューし、初期から完成度の高い作品を発表し続けている作者であるが、私が一抹の危惧を抱くのは、彼の執筆姿勢である。創作において、テクニックが偏重されていると思えるのである。技術はもちろん必須であると思うが、技術だけに頼るなら、完璧でなければならない。わずかでも瑕瑾があり、作者の自意識や手練手管が見えてしまうと、小説の純度が下がると思うのである。本作品にはそうした欠点のほか、表現の点でも、細かい言葉遣いに作者の不注意があるし、不用意な現代用語の使い方に、読者の没入を妨げる無粋さを感じる箇所がある。11巻・12巻で巻末付録とされた無惨な過去の「遊び」、そうした作品を是として発表してしまう著者の品性が、本作品のような優れた「本業」に忍び込んでしまっている点が、残念であった。
聡明で強い呪術の能力を持ちながら、出世の野心なく、貧しい人々の住む陋巷に住み続けた顔回。孔子の最愛の弟子である彼は師に迫る様々な魑魅魍魎や政敵と戦うサイコ・ソルジャーだった…息づまる呪術の暗闘、政敵陽虎との闘争、影で孔子を護る巫儒の一族。論語に語られた逸話や人物を操りつつ、大胆な発想で謎に包まれた孔子の生涯を描く壮大な歴史長編、第一部。